日本における空中農薬散布の必要性
高温多湿で生態系が豊かな日本の農業では、その分数多くの虫や菌が発生し、農家は一年をかけて防除・防虫・殺菌といった対策に追われます。
例えば米農家の場合、カメムシの防除は必須といえます。というのも、カメムシ類が吸汁した米は変色して黒い斑点が生まれ、『斑点米』として市場価格が下落します。また、不稔等による収量にも影響があるため、水稲の出穂期以降に殺虫剤を散布するのが通例です。
農家が圃場に分け入って手動で農薬散布を行う場合もありますが、重労働かつ丸1日かけても約2.5haほどしか散布できません。
広範囲な散布を行うため、ヤマハやヤンマーといった業者は無人ヘリコプターによる農薬の「空中散布」を行ってきました。この空中散布技術として新しく生まれてきたのが、ドローンによる農薬等の空中散布です。
いったいどういった違いがあるのでしょうか? そのメリット・デメリット比較を価格面から行っていきます。
無人ヘリとドローン特徴比較:無人ヘリ
農薬散布用ラジコンヘリ
◎ヤンマー産業用無人ヘリコプター
画像「YF390AX」
メリット
- 作業料金が単位面積であり、料金が分かりやすい
- 作地面積が少なければ、ドローンより安価なケースがある
- 目印の旗を時期になったら立てれば業者が散布してくれるので、手間がなく楽
- 1回の飛行で広大な面積の散布ができる
農薬散布用のラジコンヘリは、農協や民間企業が毎年時期を決めて散布を行いながら回っており、そうした業者に外注するのが通例となっています。
そのため大きなメリットとしては、業者に依頼するだけで非常に楽に散布を終わることが出来ることが挙げられます。散布の時期になったら旗を立てるだけで散布が完了します。
また作業料金は単位面積ごとのため、「何アールあたりいくら」と決められており、明瞭会計です。作地面積が少なければ金額もそれほどかからないため、面積によっては安価に済ませられます。
また、無人ヘリを自分で飛ばす場合は、1回の飛行で広域の散布を行うことが可能なのも大きな特徴です。
デメリット
- 日にちが指定できず、『このタイミングで散布したい』が出来ない
- 飛行騒音が大きい。
- 狭い圃場には難しい
- 機体の価格が高い
- 機体が大型かつ重量があるため、取扱いに多くの人手が必要
- 操縦が難しい
逆にデメリットとして挙げられるのは、費用が高くつくケースも多いということです。外注する場合、散布面積が大きくなるほど高額になります。
また、自分で無人ヘリを操縦して散布するハードルも非常に高いです。まず機体価格が非常に高額で、最低500万円以上の費用がかかります。購入しても機体が大きく重量があるため、取り扱いに常に3人以上が必要です。また、非常にデリケートな操縦が必要で、少しでも(風にあおられるなどの要因で)操縦を狂わせると墜落の危険性すらあります。
このため、多くの農家は業者に依頼を行うのですが、その際には『このタイミングで散布したい』という要望に答えられないという問題が発生します。
大体の地域は(作物が同じ場合が多いため)散布時期が一致して重なっており、業者が混雑し撒けないことがあります。それゆえ業者が訪れる時期だったとしても「この日に散布します」という確約はありません。
また、業者が来る以外の時期に、自分で肥料を散布するなどの自由が利かないのもデメリットです。
無人ヘリとドローン特徴比較:ドローン
メリット
- 機体が小型かつ機動性が高い
- 一機購入すれば自分のタイミングで散布できる
- 狭い圃場や複雑な地形の散布も可能
- 飛行騒音が小さい
- 機体の値段はヘリと比べると安い。
- 重量が軽いため取扱いが一人でも可能(監視員は別途必要)
- 操縦が簡単で安全性の高い機能が豊富
続いて、最近新たに台頭しているドローンを無人農薬散布ヘリと比較してみます。
まず、最近流行しているドローンでの農薬散布業者への外注ですが、一反あたり3000円+農薬代が相場のようです。ヘリと比較して値段が安いわけではないので、ヘリとドローンで外注するメリットに関してはさほど変わらないと言えるでしょう。
そこで、ドローンは外注ではなく自分で購入することをオススメします。最も大きなメリットとして、「自分が好きな時に、好きなタイミングで散布を行う」ことが出来るためです。一回一回業者にお金をかけて頼むこともなく、一年のうち好きなタイミングで農薬・肥料等を散布できます。
また、自分で操縦する際には、無人ヘリと比較して取り扱いのハードルが低いことも魅力です。まず、価格が非常に安いことが挙げられます。
農薬散布ヘリが500万円〜となっていた所が、安いドローンは100万円以下の値段から購入出来ます。重量が軽くコンパクトに折り畳んで持ち運び可能なため、一人でも取り扱いが可能です。
※監視員は別途必要になります。
性能に関して言えば、機体が小型かつ機動性が高いという強みがあります。狭い圃場でも散布が可能であり、農薬散布ヘリが入りづらい、中山間地域など入り組んだ複雑な地形でも散布が可能です。自動航行を使用すれば、より簡単に圃場に合わせた散布が可能です。
さらに、操縦面に関してはGPSとセンサーが搭載されているため、教習等を受ければ誰でも簡単に飛ばすことが可能です。例えば、ドローンはプロポ(送信機)からもし手を離したとしても、そのまま勝手に位置を保って飛行します。
これが農薬散布ヘリの場合、少しでも手元が狂うと墜落します。機体が安定しているので、ご老人の方でも慌てずゆっくりと操作を行うことが可能です。
デメリット
- 一回の飛行で散布できる範囲が少ない
- 作地面積によっては、外注した方が安い
デメリットとしては、一度の飛行で散布できる面積が無人ヘリと比較すると少ないことが挙げられます。これは、バッテリーの限界が大きく理由としてあります。どの農薬散布ドローンも飛行時間が約10分前後となっており、1ha、多くても1.25haの範囲が1回の飛行で散布できる限界です。これは無人ヘリでの散布面積に劣ります。
また前述したように、作地面積によっては業者に外注した方が安いケースも十分あります。外注の場合作業料金が単位面積になるので、作地面積が広くない場合は外注してもさほどコストがかからないためです。
この点について実際に費用対効果の比較を次の項で見ていきましょう。
実際の費用対効果の比較
農家ケースA:
- 関東地方在住
- 水稲17ha 保有(その他にも麦5ha、大豆5ha)
- 農薬散布ドローンを購入して導入済み
農薬散布ヘリに外注に依頼していた時期について
時期になったら目印の旗を立てておけばいいだけなので、手間はなく楽だった。
ただし、圃場が広いため外注費用が高かった。
具体的には、業者の散布費用が10aあたり約2000円だった。1haあたりの散布に20000円ほどのコストがかかっている計算なので、水稲の散布だけで一回34万円ほどになる。年3回の散布を実施していたので、年間100万円弱の散布費用がかかった。
ドローンを購入し自分で飛ばした場合
機体は100万円以下で購入した。一年間の散布費用に100万円近くかかっていることを考えると、積極的に導入すべきだと感じた。
家族に合図マンを依頼し、2人で2時間程度で散布終了ができるようになった。
一度購入してしまえば、かかっているのは農薬の費用だけ。粒剤もドローンで一気にまけるようになった。
何より、自分のタイミングで散布できるのが非常に有り難いと感じている。
農家ケースB:
ヘリの方が広範囲に早く散布可能
自分で産業用ヘリを所有し、使用していたことがあった。ヘリでは15分で約2haのペースで散布ができていた。農薬散布ドローンを購入し、約10分で1ha散布のペースで散布を行うようになった。
ヘリの外注よりはドローンの方が安い
農薬散布ヘリの外注を行うこともあったが、年2回の散布で約60万円弱の外注費用がかかっていた。ドローンを購入後は、農薬費用、合図マンを誰かに依頼した場合の費用のみになった。機体は計150万円前後で購入し、3年ほどで回収完了見込み。
農家ケースC:
産業ヘリの手伝いをしていた事がある。元々ヘリでの散布に興味あり検討していたが、価格・操縦が難しく断念した。自分たちで手散布すると、午前/午後でそれぞれ1.5haの散布、1日3haが限界だったので30ha散布するのに10日かかっていた。
産業ヘリの業者に散布依頼を行っていた際は10a=3500~4000円のため、30haで100万円近いコストがかかっていた。
ドローン導入後は、オペレータ・合図マン・薬の詰め変え補助合わせた3名体制で2日間で散布完了。操作もラジコンヘリに比べて安定性があって本当に楽で、初心者でも操作が簡単だと感じた。
無人ヘリにするか?ドローンにするか?
結論として、農薬散布ヘリとドローンの購入を比較を行う際に、最も注目するべきポイントは作地面積だと言えるでしょう。
特に、ドローンを導入するかしないかを検討するポイントとなるのは「5ha以上の圃場を持っている事」だと言えます。
例えば、年に3回の散布を行う前提とします。
ケースAの農家を参考に、10アールの土地に2000円、1haの散布に20000円かかるとすると、5haの散布に10万円かかります。
雑草の防除、殺菌殺虫剤の散布を合わせて年3回行うとすると、一年で30万円ほど外注費用がかかります。100万円以下のドローンであれば、5ha以上の農地を持つ農家は3年ほどで回収可能です。
作地面積が5ha未満少ない場合は、作業料金が単位面積となる無人ヘリ業者への外注する方が安く・手間なく防除が完了します。
一方で、5ha以上の作地面積を持つ農家の方は、ドローン購入することで十分に費用を回収できる目処が立つと言えます。何より、今行っている農薬散布の重労働から解放され、とても体が楽になります。
ぜひ検討してみてはいかがでしょうか?
参考:
『図解でよくわかる農薬のきほん』 誠分堂新光社
産業用無人航空機用農薬:一般社団法人 農林水産航空協会
空中散布における無人航空機利用技術指導指針:農林水産航空協会
無人航空機による農薬散布を巡る動向について:農林水産省
農林水産航空事業について:農林水産省
知っておきたい農薬の基礎知識-種類や作用の違いなど-:マイナビ農業
ドローンによる空中散布可能な農薬と作物の調べ方:株式会社旭テクノロジー
ドローンの農薬散布における市場動向について:株式会社旭テクノロジー